青い青い空。 嫌われ者でいいんだ。 誰にも好かれなくたっていい。 だって、俺は悪だから――――――……… 「ハーヒーフーヘーホー!」 奴のパンチは相変わらずの勢いだった。 黄色のグローブがついているとはいえ、その威力は半端なく重く、かつ鋭い。 そしていつものように俺はその凄まじいパンチによって地平線の彼方へと殴り飛ばされてしまう。 俺が消え去った場では、八頭身でムキムキのアンパンと人型のカバたちが微笑ましく語り合っている。 勝利の祝賀でもあげるのだろう。 本当に毎回同じ。 何故同じかって? それは『お約束』だからさ。 「おかえりー」 断崖絶壁の何人をもよせつけない山の天辺に我が家があった。 俺の顔を模した作りで、二本の触覚が突き出している。 色は禍々しい暗黒色で統一されている。その上空には永遠に晴れることのない空が浮かんでいる。 「フー、またアンパンマンにやられちまったよ」 「知ってるわよ」 赤いボディに赤い触角を生やしたナイスバディのドキンちゃんがソファでスナック菓子を口に運びながら言う。 そのドキンちゃんが送る視線の先にあるテレビには顔が平面の食パン野郎の盗撮映像が映っている。 アンパンマンの親友で、時々一緒になって俺につっかかってくる奴だ。 普段は食パンを売って生活費を稼いでいるらしいが、最近不景気とか聞いたな―――… どうでもいいことだが。 「あ、バイキンマン。おかえりでやんす!」 薄茶けた骸骨がボロボロの服を着て、俺に挨拶した。 本当に骨だけでよく動けるものだと思う。それにコイツたまに崩れても自分で再生しやがる腕前だ。 下手したら使える奴かもしれない。 以前も自分の骨を武器にアンパンマンと戦ったこともある。 「あぁ、ホラーマン。ただいま」 「いやぁ、お疲れ様でやんす。風呂沸かしといたでやんすよ」 「助かるよ」 骨だけで出来ているので表情は無い。だが、そのときの顔は俺には笑っているように見えた。 この敷地内は広いくせに人数が少ない。 たまに師匠である仙人が来るが、それもたまにあるだけ。最近はめっきりない。 俺と骨とドキンちゃん。後はカビども。 廊下の奥まで行くと簾が見える。 大きく『男』『女』と描いてある。二つに分ける必要もないのだが、ドキンちゃんの希望でこうなった。 何故か常時50人ほど収容出来る脱衣所でタオルだけ置いて俺は浴室への扉を開く。 熱気がたちまち肺に入りこむ。 だが、それがまた身も心もリラックスさせてくれる。 先ずは体を洗ってから浴槽に入る。 バイキンであると言われている俺だが、もうとっくに体は清潔純白さ。 心だって――――――……… いや、俺は悪だ。故にそのような感情は許されない。 これからも街を破壊し、迷惑をかけなければならない。それが俺の宿命だから。 風呂から上がるとドキンちゃんの姿は見当たらなかった。 カビに聞いたところ、自家用UFOに乗って食パンマンをストーキングしに言ったとか。 ドキンちゃんもよく飽きないものだ。あんな食パンの何処がいいのだろうか。 それに絶対あれ賞味期限切れてるだろ。 アンパンマンは定期的に顔変えてるけど、あいつが顔を変えたことは未だ見たことは無い。 「ホラーマンは?」 「カビカビカビカービ」 「アンパンマンの手伝いか」 あいつはどっちつかずだからな。そこまで悪い奴でもないしな。 きっと今頃ジャムおじさんとバタコさんとパンでも作っているんだろうな。 そういえばジャムおじさんって先月で実年齢が三桁いったとか。凄いよな。あのジイさんは。大型アンパンマン車運転できるし。 バタコさんも最近は彼氏と結構上手くいってるらしく、結婚間近なんじゃないか?と聞いたことがある。 後、ケル………じゃない。チーズ。アンパンマンに拾われる前は地獄の番犬をしていた犬だ。 首が三つもあるくせに可愛らしく「アンアン」鳴くんだ。二足歩行も出来る最強なペット。 ………なんだか、自分一人だけがみじめな気がしてくるな。 大抵は酒か、自家用UFOでブッ飛ばしてストレスを発散する。 だが、今はそんな気分じゃない。 「散歩でもしてくるか」 カビどもに留守番を頼み、自家用UFOで近くの山まで行くことにした。 最近通行手段はUFOばかりだったから、少し歩くかな。 そう思い立ったが吉日。UFOを山のふもとに止めて、俺は歩き出した。 たまにキリンさんやゾウさんに会うが、ここの人たちは都会もんとは違い、俺にも優しくしてくれる。 「こんにちわ、バイキンマンさん」 「あ、どうもどうもキリンさん。今日もアレを?」 「えぇ、今日も湧き水を取りに」 すれ違った身長が三メートルほどのキリンさんの手にはタンクが2つ。実際は重いのだろうけど、彼が持つと軽そうに見える。 身長差ゆえに、見下す形になるがそんな屈辱的な感じはしない。 「今日は天候が荒れそうですからね、気をつけてください」 「わざわざすみません」 一礼して俺とキリンさんは去った。 やっぱりいい人はいるもんだ。 しばらく登っていると前方に泣いている小鳥さんが――――――……… 「えーんえーん!」 俺は急いで駆け寄って、小鳥さんを優しく手の平に乗せてあげた。 「どうしたんだい?小鳥さん」 「飛ぶ練習してたら途中で落ちちゃったの………」 本当に小さな涙をぽろぽろ流しながら泣き声をあげる小鳥さん。 周りを見てみるが、どうやら人はいないらしい。俺がやるしかないか――― 「おうちは何処にあるんだい?」 「グスン………三つ目の峠の木の上だよ」 「そうか、なら届けてあげよう」 「本当!ありがとう!」 小鳥さんは頬に小さな嘴でキッスをしてくれた。ちょっと痛かったけど、人に感謝されることが皆無だった俺はとても嬉しくなった。 結構険しい道のりだった。 何とか三つ目の峠まで行くと、すでに親鳥が旋回しており、俺の手のひらの小鳥さんを見るとすぐに飛んできた。 「あぁ、ピィちゃん!何処に行ってたの!?」 「ごめんなさいママ〜。でもこの人が助けてくれたの」 「うちの子がお世話になりました。なんてお礼を言っていいやら」 「そんな、気にしないでください。当然のことですから」 「本当にありがとうございました」 これで俺も親鳥さんも一安心だろう。 俺はさらに脚を進め、途中にあった休憩所でお茶とおはぎを頼んで一服していた。 他にはここの住人であるガマガエルさんたちが昼間から酒をやっている。 うらやましいなぁ。あんなに沢山の友達がいて。 皆笑っている。俺にはあんな経験一度もない。 「キャ―――!」 ふと、しみじみしていると休憩所の奥から悲鳴が聞こえた。 勝手に足が進んでいた俺は奥で尻餅をついていた団子のお姉さんを抱きかかえた。 「どうしました!?」 「ゴ………ゴキブリが………」 どうやらお茶の間で不人気投票一位を獲得したゴキブリが現れたようだ。 お姉さんはガクガク震え、顔についた餡子を落としている。このままでは顔がただの餅になってしまう。 「俺に任せてください」 近くに置いてあった包装用の紙を丸め、棒状にする。 お姉さんが指指す先をよく見回す。かさかさと気色悪い足音。 「そこだ!」 影の一角に居合いのごとく丸めた紙を叩きつける。 命中。 ゴキブリは衝撃に驚愕してその場で失神してしまっている。 それを紙で包んで外に投げる。一応殺していない。 「ああ、ありがとうございました。本当にアレって苦手なんですよ」 「女性は苦手ですよね」 俺は笑って団子のお姉さんに手を差し伸べた。 またいいことをやってしまった。俺は悪なのに。 「俺にこれをどうぞ」 差し出されたのは笹の葉でくるまれたおはぎ。 「いえいえ、そんな!」 「ほんの気持ちですから」 受け取らないのも悪いので、一応おはぎを受け取った。 さっき頼んだ代金もタダで言いと言ってくれたが、そこまでしてもらうのは悪い。 代金分に少しだけ足しをして俺は休憩所から出た。 雲行きが怪しい。 もうすぐ一降りくるかもしれない。 頂上に近づくにつれて坂は急になり、足場も悪くなる。 地面だったのが岩になり、傾斜も鋭い。 こんなとこで転んだりしたら、先ず怪我を避けるのは無理だろう。草も無いし、直接肌に当たること間違いなしだ。 「えーんえーん!」 また一人の子供が泣いていた。 今度はトカゲさんだ。尻尾が青くてキラキラしている。 どうした?と聞くまでもなかった。膝小僧から血を流している。転んでしまったのだろう。 「あぁ、これは酷い。ちょっと待ってろよ」 救急箱から消毒液と包帯を取り出す。消毒液で軽く洗浄すると、優しく包帯で包む。 「さぁ、これで大丈夫だ」 「僕、お腹空いたよ………」 「丁度、おはぎがある。これを食べるといい」 「本当!?ありがとうお兄さん!」 トカゲの子供は喜んでおはぎをがっついた。なんだか、微笑ましくて、俺はしばらくそのまま見ていた。 「歩けるかい?」 「まだ痛いよ………」 俺はその子に背中を向けた。 「ホラ、乗って。家はどこ?」 「頂上だよ」 「丁度いい。俺も頂上に行こうとしていたところだ」 歩きながらその子は俺に色々話してくれた。 家族が沢山おり、兄弟はなんと10人もいるとか。 親父さんとお袋さんも元気で、休日にはピクニックなどに行ってるそうだ。 「お兄さんは家族いないの?」 「あぁ、俺は一人身なんだ」 「じゃぁ、今度うちにおいでよ!」 「え?そりゃぁ悪いって」 「お母さんも歓迎してくれよ!」 「ハハ。楽しみにしとくよ」 頂上までは後少しだ。 頂上に着くと、そこからは雲が下に見え、とても青い空が広がっていた。 「いい景色だ」 「うん」 心までも澄み切っていくような青さだ。言葉では言い表し難い光景に俺は息を呑む。 「バイキンマン!?」 背後に大きなトカゲさんが居た。背中に背負っていた子供が降りて、そのトカゲに寄り添う。 どうやらお袋さんのようだ。 でも、その言葉は――――――……… 「大丈夫!?バイキンマンに何かされなかった!?」 「うん、あのお兄さんが助けてくれたんだよ」 「え?バイキンマンが………?」 トカゲの子は母親に寄り添った後、俺のとこまで来て、俺の手を引っ張った。 「ねぇ、うちにおいでよ」 お袋さんを見る。とまどっていたようだが、子供の仕草を見て、どうやら分かってくれたようだ。 「そこまでだ!バイキンマン!」 真っ赤なマントに黄色のグローブ。漉し餡と自家製パンで出来た顔。 奴が来た。 「アンパンマン………」 「その子の手を離せ」 やはり、俺の運命はこんなもんらしい。 「フフ、さぁアンパンマン決着をつけようか!」 俺はトカゲの子の手を振り払い、アンパンマンに対峙した。 アンパンマンの八頭身で筋肉ムキムキのボディが脂汗で輝いている。 「ウオオオオオオオオオオオオオオオ!」 「アーンパーンチ!」 パンチとか言ってるくせに思いっきりアッパーが俺の顎を砕いた。 いつものように俺はそのまま地平線の彼方へと殴り飛ばされた。 あぁ、やっぱりこんなものか。俺の人生。 我が家まで飛ばされ、俺はうなだれながら自室のベッドにつっぷしていた。 ドキンちゃんは自室で読書中。ホラーマンは自室で筋肉トレーニング。 ピンポンとインターホンが鳴った。 こんなとこに来る客は大体決まっている。仙人かなんかだろう。 俺は仕方なくベッドから起き、玄関まで向かった。 扉を開ける。 「お兄さん!」 「先日はお世話になりました」 トカゲの一家が俺の家にわざわざお礼をしに来てくれたのだ。 「これウチで作ったのですが、お口に合うかどうか―――」 「僕も作ったんだよ!」 そこにはバスケットいっぱいのどんぐりクッキー。 「ありがとう………ございます」 明日からもやっていけそうだ。 久しぶりに我が家の空が青い日のことだった。