薔薇乙女家族        空一面が黒く分厚い雲に覆われていた。 冬季ということもあって、これは雨というよりも雪が降るであろうという予想 は見事に的中し、昼を少し過ぎたころから大粒の雪が降り始めていた。 街路樹に行き交う人々は寒さを凌ぐ為に厚いコートやジャケットにマフラーを 巻いたりしていた。  雪が降って来ても喜ぶのは子供ばかりで、会社や学校に通う人々は交通の麻 痺に困り果てる。 突然の大雪で電車は止まり、駅前では駅員がメガホンを片手に集まった人々に 対して『後何分遅れる予定だ』なんて話している。  外は雪。電車は走らない。 この状況をどうしたらいいのか分からずに駅内をうろうろとしている人々。 そんな中に一人だけ厚いコートもマフラーを巻くこともなく、この季節には合 わない格好をした少女がいた。 長い銀髪に黒のゴシックロリータ服を着た少女―――水銀燈だ。 冷たくなった両手を擦りながら、白くなった息を何度も吹きかけるがそれだけ で寒さが緩和されるはずもない。 「ハァ………真紅に『マッチ売ってお茶代でも稼ぎなさいよ!』なんて言われ たけど、やっぱりマッチを買ってくれる人なんてそうそう居ないわぁ」  自分でも『売れるはずがない』ともう既に確信しているので、マッチが大量 に入ったバスケットはどうぞご自由にお持ちください状態で水銀燈の足元に放 ってある。 だが、それでもマッチを持って行こうとする人など皆無。 『適当に時間を潰して帰ろう。真紅だってマッチが売れないことぐらいは分か っているはずだ』 そう思った水銀燈は外よりもかすかに温かい駅のエントランスでしゃがみこん でいるというわけだ。  最近になって真紅の絶対王政は更に強化されていた。 というよりも、ただ単に真紅がわがままになっているだけなのだが、他の薔薇 乙女たちは真紅の言うことを聞いていた。 断る理由もなかったし、母親的存在の真紅の言うことに逆らおうとも思わなか った。   「ハァ………それにしても寒いわぁ」  駅のエントランスと言えども、直ぐ其処には外界がある。 扉などあるはずもない駅には容赦なく寒さが流れ込み、肌を撫ぜた。 「水銀燈?」  しゃがみ込んでいた水銀燈に声をかけたのはぶかぶかの白いダッフルコート を着た柿崎めぐこと“めぐ”だった。 「めぐ。何処かへお出かけなのぉ?」 「うん。ちょっと本を買いに。水銀燈は何をしているの?」    手に持っていた紙袋を見せた後に、水銀燈の横にしゃがみ込んで水銀燈の顔 を微笑みながら視線を送る。 水銀燈は少しだけめぐに身体を寄せて口を開いた。   「真紅のいつものわがまま。マッチ売って金を稼げですって。でも無駄だろう と思って時間を潰しているのぉ」 「妹の面倒を見るのは大変ね」 「そんなとこかしらぁ」 「こんな寒いところじゃ何だから、カフェでもよって話さない?お茶代は私が 持つから」 「じゃぁ、お言葉に甘えようかしらぁ」    元々は大型の駅ではなかったのだが、ここ最近になって駅周辺に大学のキャ ンパスなどが相次いで建設されたため、駅も伴って施設を充実させようと何店 舗かカフェなどが出来ていた。 その中で『コーヒーにとことん拘った本場の味!』と書かれたカフェに入るこ とにした。  店内は今流行の洒落たカンジという内装ではなく、逆にシンプルに飾りっ気 のない店内だった。 入った瞬間にコーヒーの香しい少し大人びた香りが鼻につく。 外が雪で電車も止まっているという状況なだけに店は混んでいたが、めぐと水 銀燈の二人が丁度座れるテーブル席があった。 店員に案内されて席につくと、めぐが店員に『本日のオススメコーヒー』を二 つ頼んだ。   「外、雪降ってるね。積もりそうだね」 「あんまり積もって欲しくないわぁ。家の周りの雪かきが大変なんですものぉ 。雛苺や金糸雀たちはすぐに遊びだすし、蒼星石と翠星石には家事をやっても らっているし。後は頼りない子たちばかりだし。全く困るわぁ」 「何だか水銀燈ってお母さんみたいだね」 「う〜ん。そうかもしれないわぁ」  振り返ってみれば家事やなんかは水銀燈がやることが多い。というより殆ど だ。 気遣って蒼星石や翠星石が手伝ってくれるが、それでも比率でいえば水銀燈の ほうが多い。 雛苺や金糸雀は手伝おうとして逆に仕事を増やす場合があるので、やらせない 。 「たまにはいいんじゃない?こうやってゆっくりした時間を過ごすのも」 「そうね」    会話が丁度いいところで区切れるとそれを繋ぐように店員がコーヒーを水銀 燈たちの座っているテーブルに置いた。 市販のコーヒーは何度か飲んだことがあるが、やはりカフェのは安物よりも全 然香りが違う。 めぐが『ここのは挽きたてだから香りがいいの』と言ったが、本当にそのよう だ。 豆なんかの違いもあるのだろうが、やはりそう言った細かい点が重なって、こ のような香りが出るのだろう。  そのコーヒーに口付けながら、二人は時折窓ガラス越しに見える雪を眺めて いた。 雪は止む様子がなく、少しずつ景色を白く染めてゆく。 「それよりも、めぐはもう体調に異変はない?」 「全然平気よ。たまに少し息苦しくなることもあるけど、薬があるからへっち ゃら」 「そう」    頬杖をつき、めぐがその体調のよさをアピールするように胸を張るのを見る と水銀燈は軽く微笑む。   「やっぱり水銀燈ってお母さん気質があるんじゃない?」 「どうして?」 「何かと気を配っているし。面倒見がいいし」 「環境が自然とそうさせたのかしらねぇ」 「きっと、それだね」 「皆、無邪気だから」  そんなとりとめのない話をしているうちに時間は少しずつ消化され、気がつ けばもう街灯が灯る時間になっていた。 吹雪いたりはしていないが、雪がほんのりと積もり道路には足跡がつけられて いた。 話はまだまだ続きそうだったが、コーヒー一杯で居座るのもなんだからと店を 後にし、めぐとは別れた。 別れ際に『またデートしようね』なんて、めぐが言っていた。 水銀燈は『考えとくわぁ』と言いながらも笑顔で手を振ってから帰路についた 。    結局殆どの時間をめぐと過ごしてしまった。 でも、たまにはこんな日もいいだろうと考えて少しだけ自分の罪を軽くするこ とにした。 帰ったらきっと雛苺たちが『おかえりなのー!お腹空いたのー!』なんて言う ことだろう。 そんなことを考えていると『水銀燈ってお母さん気質があるんじゃない?』と さっきめぐが言っていたことを思い出した。 気づけば皆のことを思っている自分がいる。 何だか自分が本当に母親になったような気分になってしまう。 でも、そんなのも悪くないなぁ―――…なんて考える。    玄関には明かりが点っていた。 雛苺と金糸雀が何やら騒いでいるのが聞こえる。 鍵を開けて扉を開くと、廊下に座って金糸雀に向かって反発している雛苺がこ ちらを見た。   「水銀燈おかえりなのー!お腹すいたのー!」 「はいはい。今作るからね」    雛苺に手を引かれて、台所に行くとそこでは蒼星石と翠星石が既に何かを作 っていた。 にんじん、たまねぎ、じゃがいも、にく、どうやらカレーでも作っているらし い。   「ちょ、ちょっと!バカ苺!なんで水銀燈を連れてくるですか!内緒で作るっ ていっただろですぅ!」 「あーあ。台無しだよ」 「あらあら、気を使わせちゃったわぁ」 「いいんだよ。いつも水銀燈にばかり仕事おしつけているし」    エプロン姿の蒼星石が『ね?』と翠星石に振ると『別に、いつもやってもら ってるから、たまには代わってやろうと思っただけですぅ』と怒ったように照 れていた。   「出来たら、すぐに夕飯にするから。水銀燈はコタツにでも入っててよ」 「じゃぁ、そうさせてもらうわぁ」 「雛も一緒に入るのー!」    コタツでは金糸雀が横になっており、水銀燈を見ると『おかえりかしらー』 と眠気眼で口を開いた。 真紅たちは部屋にいるようで、コタツで三人で入りながらテレビをつける。 いつもはこの時間、水銀燈が台所に立っているはずだが、今日は違う。 雛苺の相手をしながら、テレビを見ているとコタツの上にカレーライスが次々 と乗せられていく。 翠星石がやったと思われる、いびつな形をしたニンジンが入っているが、蒼星 石もやっているので上手く出来たようだ。  二階にいた真紅と薔薇水晶も降りてきてコタツに入る。 もうマッチのことなんか忘れているようで、真紅は『早くして頂戴。くんくん の続きが読みたいんだから』なんて言っている。 「それでは、いただきまーす」    うん。悪くない。 そう思っていると翠星石が『どうですか!翠星石が切ったニンジンは!』 『あはは。切っただけじゃ味は変わらないよ』なんて蒼星石は突っ込んだが、 水銀燈は『美味しいわぁ。ありがとう』と微笑み返した。 翠星石は満足そうに『そうでしょう!オーホホホホ!』と高らかに笑いながら 自分もカレーを口へ運んだ。      何かと仕事が多く、お母さん気質だ何て言われたけど、それもいいかなと思 い水銀燈はカレーを食べた。