満月の夜に。        きっと、めぐの力を使ったら私はもっと強くなれる。           ミーディアムにもなってもいないのに、めぐの傍にいるだけで私は強くいられ た。                                  傷の癒えも一人で居たときよりも遥かに早く感じられたし、それだけではなく 私自身の心でさえも、ずっと求めていた『温かさ』が感じられる。       私の支えにもなっているめぐの力をどう使えようか。           めぐはいつか言った。                                                              『私はジャンクなの。だから早く私の命を使って』   ジャンク―――壊れたもの。不良品。いらないもの。 もしも私がめぐと契約して、めぐの力を使えば本当のジャンクになってしまう だろう。 自分の運命を憎んだ。 何故このような縛られた状況にいなければならないのか。 何故めぐなのか。      めぐのいる個室はいつも窓が空けてあった。 それはいつの季節も変わらなかった。ただでさえ病弱な身体なのに、冬の風が 吹きつけようとも窓を開けっぱなしにしている。 そして、めぐは口ずさむ。―――私を呼ぶ歌。 天使なんかじゃないのに。めぐは私を天使だと決めつけて、私が来るまでずっ と歌い続ける。 プライドが高く、周りとの関係を拒絶した私はどう接していいか分からないま ま、めぐの元へ行く。   「今日も来てくれたのね」 「別に貴方のために来たんじゃないわ」    言った言葉にめぐは微笑んで『そうよね』と呟いた。 でもそれは、素直になれない私の心中を察して接しているのだろう。 言わなくても、その笑顔が答えている。 だが、それは決して悪い心地はしない。それどころか、そうやって接してくれ ていることに私は感謝したい。   「あ、水銀燈。髪がはねてるわ」    今日は特別風が強かったのと乾燥していることもあって、髪が痛んでいた。   「整えてあげるわ」    めぐが横になっていたベッドに腰を降ろすと、『仕方ないからやらせてあげ るわ』と私の中の天邪鬼が代わって口を利く。  日の光をあびたことが無いというくらいに、白く弱弱しい腕がヘッドドレス を外し、めぐは微笑みながら髪の毛に櫛を通し始める。 時々、櫛に交ざって手の平が髪に触れたが、私はそれを拒まずに触らせていた 。   「ねぇ、水銀燈。私ね、今日医者が『後二年ぐらいの命だろう』って言ってる の聞こえたの。 でも、もう『後何年の命だろう』って言われるのは慣れちゃった。 だから、私は何も感じなかったわ。だって、そうでしょう? 生まれたときからジャンクで、幼い頃から『後何年の命だ』なんて言われてき たんだもの。 それどころか、私はすぐにでも命の灯火を消して欲しいと願ってるわ」 「………何が言いたいの?」    きっと、めぐは私にその灯火を消して欲しいのだろう。   「天使のあなたなら出来るでしょう」    めぐは私といると、よくこの言葉を悲観的に言う。 そのたびに私は心に釘を打たれるような精神的な痛みを味わっていた。   「何で私が貴女なんかのためにやらなきゃいけないの」 「ダメなの?」    髪を撫でるのが止まって、白い両腕が私を包んだ。 哀しいとはこのような感情をいうのだろうか。心が何かに締め付けられるよう な感覚。 私はめぐに生きて欲しいと願っているのに、めぐはいつも私の思考とは逆の考 えだ。  白く弱弱しい腕は私の身体を包んで離そうとはしなかった。 力を入れているつもりなのだろうか、長年の病院生活のせいで筋力のない腕は 、私が少し力を入れるとその両腕は簡単に外れ、めぐは哀しそうな目で俯いた 。   「やっぱり、そうよね。私みたいなジャンクはジャンクらしく無様に生きて死 ぬべきなのよね」 「最初からジャンクの命なんて無いわ」 「え?」    上手く口に出せない。 生きてと強く叫びたい気持ちがあるのに、つまらないプライドと天邪鬼のせい でその叫びは消されそうになる。   「死にたいの?」 「えぇ」 「だったら、さっさと死ねばいいじゃない。私の手をわずらわせずに。 飛び降りるなりなんなりすればいいじゃない。 貴女なんか病弱なんだから、すぐにでも壊れるでしょう?」 「でも、私は………」    小さなめぐの姿を見ていられなくなって、私は背を向けた。 こんなことを言っている自分が嫌だ。傍にいることしか出来ない自分が嫌だ。   「ただ………もし何か素晴らしいものでも見つければ、そのために少しは…… …生きなさいよ」    やっぱり私はダメだ。こんな性格な私は最後の部分が上手く言えずに小声に なってしまった。 めぐは俯いたままだ。―――もう、帰ろう。 このままでは天邪鬼な私は何を言うか分からないし、現実から決して逃れるこ との出来ないめぐの姿を見ていたくはなかった。  翼を広げて窓際に立つ。  外には銀色の満月が輝き地上を照らしていた。 その満月をより美しく感じさせるように周りの小さな星たちがあわく輝き、美 しさを演出している。   「水銀燈、私、あなたと居たい。ずっとずっと一緒に居たい。家族なんかより も、誰よりも。 だから、またお話しに来てね」    振り返るとめぐは先ほどの暗闇に満ちた空気をかき消した笑顔で私を見てい た。 その笑顔を見て私は救われる。 こんな私と一緒にいてめぐも救われるのならば、私はめぐが歌を口ずさむたび に来よう。    天邪鬼の私は『馬鹿ねぇ』なんて捨て台詞を吐き捨てて、空へと高く舞った 。        いつもよりも美しい夜空が広がっていた。  いつもより温かい私の心があった。